2020年4月14日火曜日

ホンモノのおカネの作り方 1

 課題の要約、指示どおり週に2回のペースで進めてください。
 一方で、予告した、授業を想定した講座を展開します。
 まずは、
 順番が重要なわけではないので、何回目の課題としてでも良いので、教科書48頁の「ホンモノのおカネの作り方」の要約に取り組んで下さい。

 実は「ホンモノのおカネの作り方」は1年の「国語総合」の教科書にも収録されていて(教科書の出版社が違うのでこういうことも起こります)、週末課題で一度は読んでいるはずです。
 今回はこれを2年生の授業として再読します。そこに「認識の変容」は起きるでしょうか。

 筆者の岩井克人は日本を代表する経済学者で現在東大名誉教授。2010年のセンター試験はじめ、大学入試問題にも頻出です。

 さて、要約をすればそれで既に、それなりの理解はできているはずです。
 にもかかわらず、この文章は何を言っているのかよくわからない、という感じがしていることと思います(という前提で話を進めます)。
 要約はしてみたものの、さて、この筆者は何を言いたいんだ…?
 この感じは冒頭の「文系と理系の壁はあるか」などでは感じられないと思います。「文系と…」は一読して論旨明快であり、要約にはそれなりの負荷がかかるので、それはそれでトレーニングにはなっているのですが、それ以上に「認識の変容」が訪れるというようなものでもありません。最初から、まあそうだよな、というようなことが書いてあるのです。
 ところが「ホンモノの…」はそうではありません。
 文章の各部分からキーセンテンスらしきものを抜き出してつなげてみても、結局だからなんなんだ、というところが見えてきません(こないはずですが…)。
 この「結局何が言いたいの?」を考えてみて下さい。

 ここで「筆者は何が言いたいか」を教わることには、今まで述べたように、意味はありません。「何」の部分が学習内容ではないからです。というわけで、この先それについて私なりに解説する展開もあるでしょうが、大事なのはそれを読んで「理解する」ことではありません。それを自分で考えることだけが学習を成立させるのです。
 といって、「考えろ」って言われても、「わからない」と感じている状態に対して、一体何をどう「考え」ればいいのかは明らかではありません。考える、という志向性のある脳味噌の状態が作れればもう学習の意味はあるのですが、考え方のコツ、メソッドのようなものもあります。
 これから、「ホンモノのおカネの作り方」を例に、考えるためのメソッドを二つ紹介していきます。

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