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2021年12月21日火曜日

舞姫35 最終回

 最後の「羅生門」との比較は、「通過儀礼」という視点を提示した時点で既に実質的な読解はほぼ完了していると言っていいから、授業時間内における考察の余地がそれほどあるわけではなく、授業時間の残りのなくなったクラスでは割愛した。


 それにしても、最初の一章の口語訳朗読を始めてから、既に長い時間を経過している。後期まるまる全ての授業を「舞姫」の読解に費やした。

 「舞姫」という、教科書の定番教材であり文学史上は紛れもなく重要な小説と目されていながら、現代の一般読者からするとひどく読みにくくて、そのわりにカタルシスもない小説は、主人公の行為=選択に主題を求めようとすると、重苦しいばかりで面白くもない。

 だが小説としての情報密度の高さを信頼してその論理を読み解こうとすると、物語はたちまち魅力的な謎をいくつも提供してくれる。

 とはいえそれを楽しむためには、みんなで考えることのできる授業という場が必要だ。そしてそれを成立させるのは皆の姿勢次第で、それが確保されれば、読み進めること自体が楽しい。

 そうして読み終えた後で考えるべきなのはやはり、豊太郎の行為の是非などではない。

 今回、高校国語科授業の定番といっていい「山月記」「こころ」「檸檬」「羅生門」との読み比べを通して、「舞姫」という小説が、ページをめくるたびに違った相貌を見せる、とび出す仕掛け絵本のように立体的に浮かび上がるようだ、と授業者には思えた。


 豊太郎が虎になる物語としての「舞姫」。


 第三者の「無作為」の介入によって、主人公が「不作為」になるほかない事態がもたらす悲劇を描いた物語としての「舞姫」。


 近代的=西洋的な価値体系と別のもう一つの価値、二つの世界の対立をめぐる物語としての「舞姫」。


 主人公を近代日本という秩序に組み込む通過儀礼において起こる「異類殺し」の悲劇を描いた物語としての「舞姫」。


 これらは「女か出世かの選択をめぐる、人間のエゴイズムを描いた物語」として捉えた「舞姫」とは随分違った物語だ。

 これらの読み方が正しい「舞姫」だと言うつもりは無論ない。そのような物語としての「舞姫」という作品が、価値が高いとか面白いなどとさえ思ってはいない。

 ただそのように「読む」ことだけが楽しいのであり、なおかつ高校の国語科授業として意義あることだと思っているのだ。

 皆の目にも同様に、めくるめくような「舞姫」の世界が映っていたことを祈って、今年度の授業を終える。


2021年11月26日金曜日

舞姫 21 比較読解「山月記」3

 「舞姫」を、豊太郎が虎になる話、と捉えてみる。

 〈虎〉とは何か?

 「まことの我」、つまり「自我」の象徴だ。

 ここから少々理屈をこねてみる(以下のくだりは授業では時間がなくて割愛している)。

 豊太郎は「本当の自分=自我」を見出すことで自由になったと錯覚したが、結局は相沢や天方伯とエリスとの綱引きの間で、何ら主体的な選択をしないまま流され、エリスを発狂させるにいたる。

 これは「本当の自分」などというものがそもそも幻想なのではないかという主題を示してはいないだろうか?

 李徴が虎になるのは、いわば自我の暴走である。制御を失った「解放」の中で、結局は本来の自我であったはずの〈人間〉が消滅してしまうのである。

 とすると、正反対の結末を迎える二つの物語が、実はどちらも「本当の自分=自我」(という幻想)の挫折を描いた物語だということになる。

 ここで「『本当の自分』幻想」!

 とすると、「舞姫」という作品は、近代化の入口に立った日本から西洋を見た鷗外が、西洋から流入する「近代」に対する違和を語った小説だとは言えないだろうか。

 これは実は「こころ」の主題にも重なる。

 「こころ」は選択の物語のように見えるが、実は「先生」はほとんど選択の余地などなく、そのようにしかできないといったふうに運命に流されている。これは「主体的な選択をする自我をもった人間」などという近代的な人間観に対する漱石の違和を語っているのではないか、という考察を、昨年の授業の最終盤でした(ことを覚えている人はあまりいないだろうが、まあしたのだよ)。

 図らずも「こころ」との比較を先取りしてしまったが、こうした考察に導かれるのもまた一興ではある。


 あるいは袁傪と相沢という登場人物の比較を考察の糸口としてみよう。二人を比較すると、どのようなことが考えられるか。

 袁傪と相沢の共通点は何か?

 二人がそれぞれ主人公の旧友であることは指摘できる。だがそれだけではない。象徴的には二人をどのように捉えればいいか?


 二人はともに現在も官職に就いている。つまり二人は李徴と豊太郎が失っている「故郷」と「エリートコース」という二つの世界を象徴する人物なのである。物語は、〈虎〉になった李徴/豊太郎に対して、〈人間〉を象徴する袁傪/相沢が再会する、という共通の構図において展開する。

 こうした比較はどんな考察を可能にするか?


 たとえば、袁傪が山中に消えてゆく虎=李徴を見送るのに対し、相沢は豊太郎を日本に連れ帰る。こうした対応の違いはなぜ生じたか?

 このことについて考えるため、物語中の空間を「人間の世界/虎の世界」という対比で捉えてみる。

 「山月記」において上の対比は「人里・街/山の中」と表現できる。物語はほとんど山中で展開し、「里・街」は直接は登場しないが、そこに李徴の妻子がいるはずの場所だ。

 では「舞姫」では? 入れ子状に大中小の対比を挙げてみる。

 まずはすぐに「日本/ドイツ」という対比が挙がる。これが大。

 「官舎/エリスの家」などという対比も挙がるが、「エリスの家」に対置するならば、文中に度々登場する「ホテル・カイゼルホウフ」の方が適切だ。これが小で、中は?

 「ベルリン」とすると「東京」だが、これは「ドイツ/日本」という対比と変わらない。

 それよりも「舞姫」において象徴的な空間の対比は「ウンテル・デン・リンデン/クロステル巷」だ。ドイツに着いてすぐのウンテル・デン・リンデンの描写と、三年経って度々出入りするようになるクロステル巷の描写を読んでみよう。それが対比的であることは明瞭に感じられるはずだ。







 左辺は李徴と豊太郎が元々所属していた世界を象徴する空間・場所であり、右辺は言わば異界である。

 そして袁傪と相沢は左辺に属する人物である。

 先の要約によれば「山月記」は左辺から右辺に行って-異類となって-終わる話であり、「舞姫」は右辺に行った主人公が再び左辺に戻る-異類となった主人公が人間に戻る-話だ。


 さて、物語中、袁傪と相沢はそれぞれどこで主人公と会うか。

 袁傪が李徴に会うのは山中、つまり〈虎〉の世界である。〈虎〉になった李徴を目の当たりにしている袁傪にとって、李徴を人間界に連れ戻すという選択肢が最初から無い。

 一方相沢が豊太郎と会うのはどこか。カイゼルホオフだ。つまり〈人間〉の世界なのである。

 だから相沢には、そもそも豊太郎が〈虎〉になっていることが見えてはいない。それは相沢と豊太郎の置かれている位相の差がもたらす認識のずれだと言ってもよい。


 このことは、最初の通読の際に考察した、カイゼルホオフに向かう前の豊太郎の身支度の場面に象徴的に表われている。

 この場面はいわば、エリスのいる〈虎〉の世界から相沢のいる〈人間〉の世界へ越境するために豊太郎が変身する場面だといえる。

 身支度を整えた豊太郎を見てエリスが「何となくわが豊太郎の君とは見えず。」と言う。虎の娘であるエリスには人間の姿になった豊太郎は「私の豊太郎さんではない」のである。

 一方で相沢の目に映る豊太郎は単なる〈人間〉でしかない。だからこそ相沢は疑いもなく豊太郎が日本に帰るものと決めてかかるのである。


 また、〈人間〉の世界に妻子を残してきた李徴に対し、豊太郎はいわば〈虎〉の世界に妻子をつくったのだといえる。

 李徴は〈人間〉の世界に妻子を残して〈虎〉になってしまう。また豊太郎は〈虎〉の世界の妻子=エリスとお腹の子を残して豊太郎が〈人間〉の世界に戻る。それぞれに方向は反対だが、悲劇の構図としては同じだとも言える。

 〈人間〉の世界に残してきた妻子の面倒を請け負う袁傪が「良い人」に見えてしまうのに対し、相沢は悪役の印象を免れない。だが、相沢もまたエリスとお腹の子に対して相応の手当をしているし、なにより豊太郎の家族が日本にいたとすれば(母親が生きていたならば)、豊太郎を日本に連れ帰った相沢は恩人となるはずだ。読者が〈虎〉の世界の妻子=エリスとお腹の子に感情移入してしまっているがゆえに、「舞姫」が悲劇になり、相沢は悪役の汚名を被ってしまうのである。


 あるいはこんな想像をしてみるのも面白い。

 公務でドイツのベルリンを訪れた袁傪は、夜になって、治安が悪いから気をつけろと忠告されていたクロステル巷に足を踏み入れる。残月の下歩いていると、街角で出会い頭にぶつかりそうになって謝る一人の男の声に聞き覚えがあってその姿をよくよく見ると、それはすっかりユダヤ系ドイツ人と見まごう姿をした旧友、李徴だった。久闊を叙したあと、どうしてそんな姿になってしまったのかを李徴は袁傪に語り出す…。語り終わった李徴は故郷に残してきた妻子の面倒を袁傪に託し、ドイツ語で何やら一声叫ぶと、朝まだきクロステル巷の薄闇の中に消えてしまう…。

 これが「山月記」という物語である。あるいは「舞姫」かもしれない。


 こうした比較が学習にもたらすものは何か?

 そもそもそうした比較が可能なのかを検討すること自体が、それぞれの作品を「読む」ことになるのだ、とまずはいえる。同じだとか違うとかいう結論が重要なのではない

 さらに、そうしてそれぞれの物語を透かして見たもう一方の物語に、新たな光をあてるのだ、といってもいい。

 「舞姫」とは豊太郎が虎になる話だ、というフレーズが浮上した瞬間、授業者には、「舞姫」が新しく目に映ると同時に、何か腑に落ちるものがあったのだった。


舞姫 20 比較読解「山月記」2

 読み比べの効用は、共通性を見ようとすることによって、細部を削ぎ落とした構造を浮かび上がらせることにある。

 大きく考えよう。「山月記」の主題に直結する問題は何か? 「山月記」とは何を言っている小説なのか?

 もちろんこれは既習事項でもあるが、素朴な読者として考えてみてもすぐにわかるはずだし、大方の読者には同意される。

 「山月記」とは切り詰めて言えば「男が虎になったことを語る話」である。虎になった経緯や原因、現在の心境を語る物語である。すなわち問題は「李徴はなぜ虎になったのか」だ。

 それに答えようと努め、そうした目で「舞姫」を眺めてみよう。


 前回の二人の経歴の重ね合わせは妥当だろうか?

李徴  「官吏→詩人→官吏」

豊太郎 「官吏→通信員→官吏(?)」

 「山月記」では、この展開の後に虎になる。そして虎になることこそが「山月記」の核心だ。

 これを豊太郎の物語に合わせると、どこにあたるか?

 上の流れに沿って言えばエリスを棄てて日本に帰ることになってしまうが、そう重ねて何が言えるだろう(もちろん言えることはある。どちらもある意味で自由の喪失である、といったような)。

 それよりも、物語全体の印象を大づかみにするならば、最初の免官こそが、豊太郎にとって「虎になる」ことだと感じられるはずだ。李徴が虎になることは、経歴からすると最後の局面だとも言えるが、小説にとっては、李徴はほとんど冒頭近くで虎になっている。豊太郎が物語の序盤で免官になることを重ねることはそう考えれば無理なことではない。

 つまり「舞姫」は、〈豊太郎が虎になる話〉なのだ。


 こうした見立てが妥当であるかどうかは、あくまで本文に基づいて判断されるべきである。具体的にどこを読み比べるかというと、李徴が「虎」になった時のことを場面を具体的に語る場面、袁傪との 邂逅 かいこう の後、比較的最初の辺りだ。

今から一年ほど前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊まった夜のこと、一睡してから、ふと目を覚ますと、戸外でだれかがわが名を呼んでいる。声に応じて外へ出てみると、声は闇の中からしきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駆けて行くうちに、いつしか道は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地をつかんで走っていた。なにか体中に力が満ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気がつくと、手先やひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映してみると、既に虎となっていた。

 「舞姫」からは次の箇所を引こう。

かくて三年ばかりは夢のごとくにたちしが、時来れば包みても包みがたきは人の好尚なるらん、余は父の遺言を守り、母の教へに従ひ、人の神童なりなど褒むるがうれしさに怠らず学びし時より、官長のよき働き手を得たりと励ますが喜ばしさにたゆみなく勤めし時まで、ただ所動的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、今二十五歳になりて、既に久しくこの自由なる大学の風に当たりたればにや、心の中なにとなく穏やかならず、奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表に現れて、昨日までの我ならぬ我を攻むるに似たり。(…)今までは瑣々たる問題にも、きはめて丁寧にいらへしつる余が、このころより官長に寄する書にはしきりに法制の細目にかかづらふべきにあらぬを論じて、ひとたび法の精神をだに得たらんには、紛々たる万事は破竹のごとくなるべしなどと広言しつ。また大学にては法科の講筵をよそにして、歴史文学に心を寄せ、やうやく蔗を嚼む境に入りぬ。

 二つの記述に似たような印象を感じないだろうか?

 闇の中から李徴を呼ぶ声は、何か超自然的なものでも、外部にあるものでもないだろう。李徴自身の心の声であることは素直に感じ取れる。

 とすればそれは、ドイツ留学後三年経って豊太郎に〈やうやう表に現れ〉た〈奥深く潜みたりしまことの我〉ではないのか。

 声にいざなわれて闇の中に駆け出す李徴は〈なにか体中に力が満ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行〉く。こうした描写には何か充実感とともに解放感のようなものが感じられる。

 一方で豊太郎は学問の脇道に逸れつつ、官長に対しては、本質さえわかれば細かいことは一挙に片づくなどと尊大な態度をとる。

 これらは裏返して言えば、二人にとってそれ以前の生活が 桎梏 しっこく であったことを示している。

 李徴は妻子を養うために再び就いた地方官吏の職に満足できずにいたのだし、豊太郎は官長や母の期待を今更ながら抑圧と感じている(自分が受動的な機械のような人間だったと振り返る)。

 虎になって束の間の解放感と全能感に酔っていると、気がついたときにはこれまで手にしていたものを失っている。「虎になる」ことは二人にとって、桎梏と抑圧からの解放であるとともに喪失でもある。

 李徴は闇の中に駆け込んで、視界に入った兎を知らずに喰っている。豊太郎もまたクロステル街に駆け込んで、気づいた時にはエリスを喰っていたのだ(というフレーズが図らずも授業中に飛び出したのは見事だった)。


 とすると「舞姫」は主人公が〈人間〉からいったんは〈虎〉になり、再び〈人間〉に戻る話であり、「山月記」は〈虎〉になりきる話だ、と要約することができる。

 〈虎〉になった理由こそが主題になっている「山月記」に対して、「舞姫」は〈虎〉から人間に戻る逡巡とそこに起こる悲劇にこそ主眼が置かれている。こうした主題の在処が結末の違いに表れていると考えることもできる。


2021年11月24日水曜日

舞姫 19 比較読解「山月記」1

 比較読解の最初にとりあげるのは中島敦「山月記」(「えー、覚えてない」と言うのをやめなさい。今年度も「再帰性」を説明するのに思い出した)。


 評論の読み比べでも毎度、まず何を考えるかといえば共通点だ。

 まずは共通点を探してそこをピン留めして、その周囲に拡がる構造を徐々に重ね合わせていく。そうすることで双方の構造が明らかになっていく。一方で重ならないところ=違いが明らかになっていくところも、それぞれの文章の読解として有益だ。

 読み比べは、読み比べることによってそれぞれの文章が、ある姿で立ち上がってくる読解のメソッドだ。


 さて「山月記」と「舞姫」、両作品を思い浮かべ、その共通点が何かと考える。すぐにわかる。主人公のキャラクターがあまりに似ている。

 まずはその人物設定の共通性を具体的な表現の中で跡付けていく。そして、きわめて似通った性格をもった主人公がどのような物語の中に置かれているのかを考察する。


 文章中から必要な情報を探して目的に沿った再構成をする力というのは、必要とされる国語力の中でもとりわけ基本的であり、重要なものだ。李徴と豊太郎の人物造型の共通性を述べるためには、どのような設定、どのような挿話、どのような形容を物語中から探し出して併置すればよいか?

 授業では「属性」「性格」「言動」「経歴」などとタグ付けして項目立てることを提案した。これらは排他的な項目ではない。きれいに分類せずとも、あれこれ考えるための手がかりにすればいい。


 二人はともに優秀で、いわゆるエリートである。

 李徴は〈博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられた〉。

 豊太郎は〈旧藩の学館にありし日も、東京に出でて予備黌に通ひし時も、大学法学部に入りし後も、太田豊太郎といふ名はいつも一級の首に記されたり〉。

 二人はともに高級官吏となるが、やがてその職を辞する。

 二人はともに強い自尊心をもっている。

 李徴は最初の任官の折は〈自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった〉ために官を退き〈詩家としての名を死後百年に遺そうとした〉がかなわず、二度目の奉職の折は〈彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない〉としてついに発狂する。

 一方豊太郎は、官命により〈わが名を成さんも、わが家を興さんも、今ぞと思ふ心の勇み立ちて〉、洋行したがひそかに〈幼き心に思ひ計〉っていた〈政治家になるべき〉道にすすむこともかなわず、三年もたつと〈このころより官長に寄する書にはしきりに法制の細目にかかづらふべきにあらぬを論じて、ひとたび法の精神をだに得たらんには、紛々たる万事は破竹のごとくなるべしなどと広言しつ〉と尊大な態度をとったり、免官されたあと、新聞社の通信員となると〈今まで一筋の道をのみ走りし知識は、おのづから総括的になりて、同郷の留学生などのおほかたは、夢にも知らぬ境地に至りぬ〉と同輩を軽侮する。

 一方で二人はともに自尊心と表裏一体の 怯懦 きょうだ (臆病で意志薄弱)を心にひそませている。

 李徴は〈己の珠にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった〉と告白する。

 豊太郎は留学生仲間と〈勇気なければ、かの活発なる同郷の人々と交はらんやうもなし〉と告白する。

 これらの「弱さ」が、どちらも物語中で重要な自己発見として語られるのも共通している。

 「山月記」で李徴を表わす最重要フレーズ「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」は、まったくそのまま豊太郎をも表わしている。

 こうした性格故に、二人とも人づきあいが悪い。友達は少ない(が、重要な友人が物語中に配されているところも共通している)。


 二つの物語の主人公は、できすぎではないかと思われるほど似ている。

 主人公が似ているということは、そうした主人公を中心とする物語に、共通した構造がある可能性を示している。物語を「~が~する話」「~が~となる話」などと要約するとき、その主語は述語に必然性をもたせるように造型されるはずだ。

 そう考えたとき、「山月記」と「舞姫」を重ね合わせることが可能になる。


 例えば二人の経歴を重ねてみる。李徴の「官吏→詩人→官吏」という経歴と、豊太郎の「官吏→通信員→官吏(?)」という経歴を重ねると、何が見えてくるか?

 こうした経歴は一見似たような軌跡を辿っている。だが最初の転職は李徴にとって辞職だが豊太郎にとっては免職である、といった差違は指摘できる。

 それよりも、二度目の官吏への復職の際の二人の葛藤を重ねてみよう。

 李徴が復職しようとするのは「詩人としての名声/妻子の生活」という選択の上で後者を選んだからだ。同様に豊太郎は「名誉の回復/エリスとの生活」という選択で前者を選んでいるように見える。

 そしてこのように考えたときに、二つの物語の共通性よりもむしろ違いが見えてくる。一見したところ、二人が選ぶものがともに官吏への復職であるにも関わらず、それは逆の価値観に基づいているようにも見える。一方、両者とも「実生活」に重心があるいう点では共通していると言えなくもない。

 だがそれよりも相違として指摘したいのは、一つは、豊太郎の復職の可能性が、豊太郎自身の選択によるものであったか、という問題と、もう一つは、棄てられたものの意味合いである。前者の問題は「こころ」との比較で検討するので措くとして、後者の問題において比較されるのは何か。

 李徴にとってのと豊太郎にとってのエリスの意味である。


 李徴にとっての詩の意味とは何か?

 世の中の「山月記」論の中には、李徴の発狂を詩への執着に起因すると論じている徒らに「文学的」なものも多いが、李徴にとっての詩とは、文学=芸術としての詩ではない。

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとした

俺は、俺の詩集が長安風流人士の机の上に置かれているさまを、夢に見ることがあるのだ。

 これらは李徴が良い詩を書きたいというより、名声を得たいと思っていることを示している。つまり李徴にとって詩は、それ自体が目的なのではなく名声を得る為の手段に過ぎないということだ(去年の授業でこのことは確認した。「目的ではなく手段」という書き込みが教科書にあったという証言があちこちで聞かれた)。

 それ以外に、李徴が本当に良い詩を書こうとしていたとか、詩の魅力に取り憑かれていたと読めるような記述はない。袁傪が李徴の詩に「どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか」と感じたという「山月記」の重要な論点の一つを、ここから説明することも可能である。

 一方豊太郎にとってのエリスの意味は、「舞姫」全体の主題把握に関わる大きな問題であり、「檸檬」との比較で論ずる予定なのでここでは深く立ち入らないが、上記のように把握される李徴にとっての詩とはまるで印象が違う、とは言える(ただし、エリスもまた目的ではなく手段だったのだ、という言い方は、また新たな「舞姫」論につながりそうな予感もある。が少なくともその「目的」の方向性はまるで違う)。

 共通性よりも相違の方が強く感じられるという意味で以上の考察は授業者の意図したものとは違っているが、それでもこのような考察を可能にするという意味では、それ自体が比較読みの意義ではある。


2020年7月10日金曜日

山月記 7 李徴はなぜ虎になったのか?

 「山月記」読解の大詰めである。以下に述べることは「理解」すべきことではない。他人に対して「説明」すべきことである。

 「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が再帰的に循環するとは、どのようなことか?

 「尊大」であることは「臆病」であることの原因である。プライドが高いから、「才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧」を抱くのである。プライドが高ければ高いほど「危惧」は強まる。つまり「臆病」になる。
 「臆病」になると他人とのつきあいが悪くなる。
 人との交わりを断つことは「自尊心」にどのような影響を及ぼすか?
 「自尊心」は言葉どおりに「自分で自分を尊ぶ心理」というだけではない。むしろ、他人に尊ばれたいという心理である。他人に評価されなければ自尊心は満たされない。
 だが「羞恥心」はその回路を断ってしまう。人との交わりを断ってしまえば、他人からの評価は得られない。詩は発表されなければ評価の対象とならず、付き合いにくい者を人は褒めない。
 満たされない自尊心は燻ったまま蓄積する。自己評価と客観的な社会的評価は乖離していく。他人に認められないから自尊心が満足されないのに、自尊心故に他人に認められる機会を遠ざけずにはいられないのである。
 結果原因帰っていく。互いの結果を自らの原因として双方向に循環しながら、やがて制御できないまでに増幅し、「猛獣」として李徴を虎にしてしまう。
 「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が李徴を虎にしたメカニズムとはそのようなものだ。

 また、李徴の心を占める二つの心理は、悪循環を構成していると同時に、互いに互いを抑制する「二竦み=ジレンマ」の状態に陥っているともいえる。
 「自尊心」が「臆病」からの脱出を妨げ、「臆病」が「自尊心」の満足を妨げている。決定不能の状態に止め置かれたまま、どちらへも進めない。心の平穏は永久におとずれない。

 悪循環にせよジレンマにせよ、どうすればこの地獄から逃れられたのか?
 「なぜなったのか?」の裏返しとしての「ならなかった」可能性はどのように記述できるか?

 「もっと人と交わる」「もっと謙虚になる」は間違っていない。
 だがそれは、「李徴は狷介だったから=傲岸だったから虎になったのだ」ということの裏返しでしかない。それは間違ってはいないが、「虎になる」という現象の仕組みを一面的にしか言い当ててない。「悪循環による暴走」というシステムを説明していない。

 授業者が現在用意している表現は「やりきる」である。李徴は「やりきらなかった」から虎になるしかなかったのである。

 例えば詩家として認められるためには、作品を発表するしかない。それは一時的には彼の自尊心を傷つけるかもしれないが、それでもそうしなければ彼の望んだものは手に入らない。
 むしろ、続けていれば望みは叶ったかもしれない。「おれよりもはるかに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者がいくらでもいる」ことに、李徴は今、気づいている。
 また、望みが叶わなくとも、少なくとも諦めることができるようになる。発表しないうちは自分の詩が優れていることについての可能性は否定も肯定もされない。それは自尊心と羞恥心の自縄自縛から逃れられないということだ。だが、やってだめなら、傷つきはするかもしれないが、諦めと納得によって少なくとも循環の外に出られるのである。

 あるいは官吏としての人生も、現在がいくら不満であろうとも「やりき」ってしまえば望みどおりの高位に上れる可能性は充分あったのだ。彼にはそれだけの能力があるのである。
 あるいは地方の官吏として妻子を大切にして子供の成長を喜ぶ良い父親になることも、地域の人々に貢献する喜びを感じることも、あるいは余技としての詩作を続け、それが認められる穏やかで幸せな人生の可能性もあったかもしれない。

 いずれにせよ、目の前の仕事を「やりきる」ことがなかったから、彼は自縄自縛の中で自家中毒的な悪循環に陥るしかなかったのである。
 虎にならないためには、「悪循環による暴走」を断ち切らなければならない。そのためにはまず行動に移し、それを「やりきる」必要があったのだ。

 最初に挙げた「三つの答え」のうちの一つ、第3の「答え」についても再検討しよう。
 「飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業のほうを気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕とすのだ。」という述懐がこうしたメカニズムと同じことを意味していると考えることは可能だろうか?

 両者を結びつける言葉は「我執」「自意識」である。
 「自意識」もまた「自尊心」と同じように、自分で自分を見ている意識という意味の言葉であるはずなのに、それは内省によって捉えられた「自己」ではなく、常に他人の目を通した「自己」である。「自意識過剰」という言葉は、言葉通りには自分のことを意識し過ぎるという意味のはずなのに、日常的にはほとんど「他人の目を気にし過ぎ」という意味で使われている。他人に認められることではじめて自分を認めることができるのである。
 そうしてみると「己の乏しい詩業のほうを気にかけている」とはそのまま、上に述べた自閉した循環を指していると考えることができる。李徴は今でも「おれの詩集が長安風流人士の机の上に置かれているさまを、夢に見」ているのだから。
 他人からの評価によって満たされるべき自尊心が、行き所を失ったまま李徴の中で燻り続けている。それが制御できなくなって、遂には李徴を虎に変えてしまう。

 俺はやればできるんだ、と言ってやらない者は永遠に不満を抱き続ける。これは我々のよく思い当たる感覚である。
 「山月記」はこの、おなじみの感覚、身に覚えのある感じを、極端な設定と展開によって増幅して見せている。それが人々の後ろめたい共感を喚ぶ。
 「山月記」を授業で読むとは、この「感じ」と、そのメカニズムを明確に言葉にする試みである。

山月記 6 結論に向けての再検討

 虎を「孤独」を象徴するものとしてみる、あるいは「強さ」の象徴としてみる。これらは李徴の性格を特徴付けるものとしても、「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」の表れとしても、可能であるとともに適切な想定だ。
 だがそれは「なぜ虎なのか?」を納得させるものではあるが「なぜなったのか?」を充分に説明するものではない。

 だが「なぜなったのか?」について、充分な説明になっていないと感じている読者は、実は既に「なぜなったのか?」がわかっている読者だ。
 つまりこれは「わかっていること」をどれだけ的確に説明できるか、という課題である。隠れた論理を探り当て、そこに適切な言葉を与える、という作業である。

 授業の最終段階、結論に向けて二つの道筋を示す。

 まず、虎の象徴性についての再検討だ。
 虎のイメージは「孤独」と「強さ」という二面だけで言い表せているだろうか?

 「猛獣」と表現される虎は、確かに「強さ」の象徴ではある。冒頭の「名を虎榜に連ね」の「虎榜」とは「虎の名前を掲げた掲示板」の意味だ。つまり「科挙の合格者」=「優秀な者」を表わす比喩である。
 だから李徴が虎になることは、李徴にとって、かつての栄光に満ちた自分に戻ることを意味するのだ、という解釈もあり得る。つまり、実は李徴は虎になりたかったのだ(これは「李徴はなぜ虎になったのか?」という問いに対して、かつて或る生徒が答えた解釈だ。大いに感銘を受けたのだった)。

 だがこれでは「なった」理由の2、例の「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の働きがわからない。

 確かに虎は「強さ」の象徴ではある。虎という猛獣は、他人に恐怖を与え、他人から避けられたり他人を傷つけたりする存在だ。そして李徴はもともとそのような人物である。
 つまり彼は人間であった時から虎だったのだ、と言ってもいい。

 だがそう言ってしまうと「なった」ことの説明がつかない。
 では?

 虎の象徴性を考えているとき、辞書を引いて「虎」に「酔っ払い」という意味があることを探し当てた者がいる。本文中でも、虎になることを「酔う」と表現している。
 だが「酔っ払い」は抽象概念ではないから、「象徴」と見なすには不適当である。それは「比喩」だ。
 では「虎=酔っ払い」の比喩性とは何か?

 語源には諸説あるが、その一つは「酔っ払い」は猛獣のように手に負えないという意味だ、というものである。
 つまり「虎」は「手に負えないもの」の象徴なのではないか?

 虎になることを「狂う」と表現し、「狂悖の性はいよいよ抑えがたくなった」という表現を見るとき、虎の「強さ」は、周囲に向けられるものというばかりではなく、むしろ李徴自身にとってすら脅威であるような「強さ」、「暴走」や「暴発」につながる「凶暴」さなのではないかと思えてくる。
 虎は「制御できないもの」の象徴なのではないか?

 もう一つ。既に検討したはずの「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」についての再検討だ。
 もちろんこれらの「性情」が李徴を虎にしたのだ。だから「もっと人と交わる」「もっと謙虚になる」ことができれば良かったのだ。
 だがそんなことができるのなら、はなから悲劇は起こらない。
 それよりも「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」という精妙な性格造型に、不可避的に暴走を引き起こすメカニズムが設定されているのではないか?

 このメカニズムは「悪循環」という言葉の印象によく似ている。
 これを説明するために再帰的」という言葉を使おう。悪循環とは「再帰的」な繰り返しによって、好ましからざる傾向が強まっていくことだ。
 「再帰的」とは何か?

 辞書を引けば「再帰的」とは「自己言及的な繰り返し」とあるはずだ。
 だが、「自己言及的な繰り返し」がなぜ「悪循環」を生じさせるのか?

 説明するための重要なポイントは、結果が原因に帰る、という点だ。「再帰性」の「帰」とはそうした意味を表わす。また結果も原因もそれ自身の一部であることを「自己」という言葉が表わしている。
 自己が自己に「言及」するとき、どちらが原因でどちらが結果なのかがわからなくなる。そうして「繰り返し」が起こる。
 「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」は再帰性をもった循環に閉じ込められている。

 このことは「わかる」はずだ。そうだ、と思う。だがこれを説明するのはそれほど容易ではない。

 この循環を説き明かし、李徴が「虎になった」わけを明らかにする。それがつまり「山月記」がどのような物語であるかを捉えるということだ。
 いよいよ考察は最終段階である。
 あらためて、「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」は、なぜ李徴を「虎」に変えたのか?

山月記 5 李徴にとって詩とは何か

 もう一つ、考える手がかり&条件として、次の点も指摘しておく。
なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか
 これはどうみても気になる表現である。
 ここで述べられている、李徴の詩に「欠けるところ」とは何か?
 もしくは、作者はなぜ李徴の詩に「欠けるところ」があるなどと感じさせているのか?

 これら「何?」「なぜ?」もまたさまざまなバリエーションで表現される。いずれにせよ、一貫した説明の中に適切に位置付けられる表現を発想することが肝要である。
 まずはあれこれアイデアを出し合ってみたい。

 最も素直な答えは、李徴の才能がその程度であることが端的に表現されているのだ、という解釈である。
 とすると、なぜ作者はそうであることを読者に伝えているか、という点が問題だ。李徴の才能は「第一流」には届かない。そのような設定は、どのような論理に組み込まれるべきなのか?

 だが、そういうことではない。袁傪が言っているのは、「素質」は「第一流」だが、「作品」が「第一流」には「欠けるところがある」ということだ。
 「素質」が「作品」に結実しない、どのような事情があるのか?

 だが、この謎への解答は、次頁の次の一節が言わば種明かしになっていると考えられるはずである。
おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。
 つまり厳しい鍛錬の場にさらされていないのである。本人の才能だけでは到達できない修行の跡が見られないのである。

 さらに、一つの方向性として、李徴が自作の詩の伝録を袁傪に依頼した場面の次の記述から、この問題を考えてみる。
 次の二つの記述からわかることは何か?

  1. 作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死にきれないのだ。
  2. 恥ずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身となり果てた今でも、おれは、おれの詩集が長安風流人士の机の上に置かれているさまを、夢に見ることがあるのだ。

 もちろんここからは李徴の詩への強い執着が読み取れる。
 だがとりわけ後者に注目してみると、その執着の方向について、ある表現ができそうである。これを次のように表現してみる。
李徴にとって詩は  ではなく  である。
 これもまた、対比を用いて捉えるべきことを明確にするメソッドの応用である。
 
 「詩への強い執着」を読み取ろうとすると、  には「夢」「願望」などという言葉が想起されるが、それでは  に入る言葉が思いつかない。そもそも「夢」では強いのか弱いのかもわからない。
 話し合っているうちに、李徴は純粋に良い詩を書きたいと思っていたのではなく、名声がほしかっただけなのだ、といった分析を語る者が表れる。
 適切な分析である。
 これを、このブログの最初の頃の言葉を使って表現するとさあ…、と促すうち誰かが狙いどおりの言葉にたどりつく。
李徴にとって詩は目的ではなく手段である。

 この認識は李徴の詩の「欠けるところ」についての考察にも一つの解答を与える。
 つまり李徴は詩を道具として扱っているのだ。芸術としての詩に真摯に向き合っていない。そうした姿勢が袁傪をして「欠けるところ」があると感じせしめているのである。

 世の中には「山月記」の悲劇を、詩への執着によって心を狂わせた悲劇として捉える論考がある。
 確かに文学者や芸術家が、自死や発狂といった悲劇に向かう例は歴史上数多くある。李徴の悲劇をそれらと並べ、芸術至上主義や、言葉や文字の憑依といった方向から捉え、同じ「古譚」作品群の一つ「文字禍」と結びつける。
 だがそれは「山月記」という小説から遊離した妄想である。
 李徴の詩への執着は、芸術創造への耽溺ではなく、名声への妄執なのである。

 さて、李徴にとって詩が手段であることと次の一節には奇妙な矛盾がある。何か?
自分は元来詩人として名を成すつもりでいた。しかも、業いまだ成らざるに、この運命に立ち至った。かつて作るところの詩数百編、もとより、まだ世に行われておらぬ遺稿の所在ももはやわからなくなっていよう。
 李徴の詩への執着という点から見れば、伝録を依頼する事情として読み流してしまいがちだが、問題は「もとより、まだ世に行われておらぬ」という一節である。
 どこに矛盾があるか?

 これはつまり李徴は自らの詩をほとんど発表しなかったということだ。
 これは先に引用した一節とも符合する。李徴は「師に就いたり、求めて詩友と交わっ」たりすることをしなかった。そんな者の詩がどうやって他人に読まれるのだろう。インターネットもない時代に。
 つまり李徴は独りでせっせと詩を作り、それを発表もせずに死蔵していたのだ。
 詩が、真摯な自己表現というより名声を得る為の手段だというのに、である。

 この矛盾の原因を「なぜか」と問うのなら答えは簡単だ。
 「臆病な羞恥心」と「尊大な羞恥心」はそのまま李徴のそうした振る舞いを説明している。詩は「自尊心」を満たすための手段でありながら、「才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧」から、発表ができないのである。
 だがむしろ、このことは、李徴を虎にさせたメカニズムの表れであるとみなすことはできないだろうか。
 つまり、こんなことをしているから「虎になった」のだ。
 どういうことか?

2020年7月9日木曜日

山月記 4 「虎」の象徴性

 李徴はなぜ虎になったのか?
 この問いに明確に答えることが「山月記」読解の目標だ。
 まずは文中から探し当てた三つの候補について一次的な検討をした。
 さらに、結論に至る経路をさまざまに探ってみる。
 同時にそれは、結論を妥当であると見なすための条件でもある。

 まずは問いに含まれる二つの側面の一方「なぜ虎なのか?」である。
 これはつまり、「虎」が何を象徴しているか、という問いである。
 「象徴」は「ミロのヴィーナス」で既習である。具体物で何らかの抽象概念を表わしているのである。
 「虎」が意味している抽象概念を、単語であれ形容であれ、何らかの言葉にしてみる。そしてその表現が、先の「臆病な羞恥心」「尊大な自尊心」の表れとしてみることができるか、を検討する。

 各クラス、グループワークで話し合わせると、それぞれのグループで多様な「象徴」の候補が出る。もちろん似たような概念・観念にグループ化されるような表現もあるが、とりあえず、バリエーションというだけなら、各クラスとも10前後の表現が提出される。

 虎をどのような象徴と見なすか?
 バリエーションは様々あるとはいえ、どこのクラスにも共通して挙がる表現も勿論ある。また、いくつかの言葉はおおよそ二つの系統に分類できる。
 一つは「孤独・孤高・孤立」など「独り」のイメージである。虎は群れを作らないで単独行動する動物である。
 もう一つは「強さ」のイメージである。虎は百獣の王である。これはバリエーション豊かにさまざまな言葉で言い表せる。
 この二つは「虎」の属性であるとともに、そのまま李徴の性格でもある。人と馴染まない狷介さと、一方で優秀さとプライドの高さ。
 「百獣の王」といえばライオンではないか、という者もいるが「虎の威を借る狐」の故事では虎を「百獣に長たり」と表現している。アフリカでは獅子、アジアでは虎なのだ。ついでに言えばライオンはサバンナで群れている。虎は一頭で茂みに身を潜めている。李徴の性質を示す形象として虎はまことにふさわしい。

 この二面は前回考察した「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」の二面性そのままである。
 「臆病」「羞恥心」に表われる「独り」のイメージと「尊大な」「自尊心」に表われる「強さ」のイメージ。
 つまり「なぜ虎なのか?」は容易に納得できる。
 だが「なぜなったのか?」は充分に説明されていると言えるだろうか?
 これが「おれの外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまった」と言うのだが、そのメカニズムは明らかだろうか?

 また、ではどうすれば「ならないでいられた」のか?
 とはいえこれも、上の仮説から答えることができないわけではない。
 「独り」がいけないのなら、もっと人と交われば良かったのだ。
 プライドの高さがいけないのなら、もっと謙虚になれば良かったのだ。
 確かにそれができれば李徴の不幸は解消するだろう。
 だがそんな身も蓋もない反省で李徴の悲劇は回避することができたのだろうか?
 それができなかったことでただちに「虎になる」という極端な事態に至ったのだと納得すべきなのだろうか?

2020年7月8日水曜日

山月記 3 内なる猛獣

 李徴が「虎になった」理由として重視すべきなのは、最初に挙げた三つのうち、やはり2「性情が表に出た」なのだろうと、素朴に思う。

 ただこのことは、現時点では充分に「わかって」いるわけではない。 

 そのことについて最終的な考察をする前に、当面「わかる」べきことはわかっておくべきである。

 「性情」=「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とは何か?

 もちろんこんなことは読めば「わかる」。だが「わかる」ことと明晰に説明できることは同じではない。

 普通の読者はこの奇妙なフレーズを、身に覚えのある、ある共感とともに理解し、かつ靄のかかった引っかかりとともに受け止めるはずである。

 それぞれの表現が指している内容は、さしあたり直後の文に対応しているように見える。
  • 「臆病な自尊心」…己の珠にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうとしない
  • 「尊大な羞恥心」…己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできない
 一応確認しておく。「珠」「瓦」という比喩は何を意味しているか?
 「瓦」は前の文の「俗物」の言い換えになっているから、そこから「平凡な者」というほどの意味だと考えることができ、対する「珠」は「才能のある者」の比喩だと考えられる。
 「伍する」は?
 「落伍者」という言葉は知っているはずだ。そこから考えると「同等の位置にならぶ。肩を並べる。」などという意味が抽出される。

 言葉の意味がわかれば言っていることは「わかる」。
 にもかかわらず、「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」というフレーズには、あるひっかかりを感ずる。この違和感はどこから生じているか?

 それは形容と形容される言葉の方向性が食い違っていることによる。
 「臆病」であることと「尊大」であることは、一見反対の方向性をもっているように見える。「自尊心」と「羞恥心」も同様だ。
 これが、ちくはぐに組み合わされている。
 形容を入れ替えて「臆病な羞恥心」「尊大な自尊心」とすれば違和感はない(今度は「頭が頭痛」のような情報の重複による冗長さによる違和感があるが)。
 ではなぜこうした形容が入れ替わって組み合わされているのか?
 そしてなぜそうした形容が可能なのか?

 まずは「臆病」「自尊心」「尊大」「羞恥心」が、後の文のどこに対応しているかを確認しよう。
 前の部分で「人との交わりを避けた」ことが「尊大」だと他人に言われたが、それは「羞恥心」なのだと言っている。とすれば、後の部分の「碌々として瓦に伍する」に対応していることがわかる。
 「碌々として瓦に伍することもできない」、つまり平凡な連中と肩を並べられないなどという態度は確かに「尊大」だ。
 だがそれは「己の珠にあらざることを惧れる」からだと言えば、それは実は「臆病」さゆえである。
 また「己の珠なるべきを半ば信ずる」という「自尊心」は、「己の珠にあらざることを惧れる」という「臆病」を裏に隠しもっているがゆえに、その事実が露わになるのをおそれて「あえて刻苦して磨こうとしない」「卑怯な危惧」ゆえの狷介を生ずる。
 つまりこの二つの方向性は相互に循環した因果関係にあるのである。「また」で接続されるのはそれらが表裏一体であることを表している。
 「己の珠なるべきを半ば信」じているような「尊大」さがあるから「己の珠にあらざること(が露顕すること)を惧れる」。「己の珠にあらざることを惧れる」という「臆病」が、「碌々として瓦に伍することもできない」という「尊大」なふるまいを生む。
 一見方向性の反対の形容は、実はそれぞれが原因であり、同時にその結果としての表われなのである。
 捻れた形容は、その関係性を巧みに表わしている。

 「山月記」では常に問題となるフレーズだが、整理してみればここまでの解釈はさほど難しくはない(だが世間では上記の展開が授業の山場になっているのが実際のところだろう)。
 問題はそれがなぜ「虎になる」という事態を招いたのかという論理である。

2020年7月7日火曜日

山月記 2 「答え」の重み付け

なぜ虎になったのか?
という問いに対する三つの候補を文中から挙げた。
  1. わからない
  2. 性情が表に出た
  3. 妻子よりも詩業を気にかけているから
 まずはこの3点の関係を考え、重み付けをする。
 どう考えるべきか?

 とはいえ、2を重視すべきであることは誰しも何となく感じ取っている。問題は1と3をどう扱うかである。無視していいのか?

 1を問いの答えとするということは、つまりこの小説のテーマをどのようなものだと考えるということか?
 それを言い表すには便利な三文字熟語がある。何か?

 しばらく時間をおけば、誰かが「不条理」という言葉を思いつく(「理不尽」もわるくないが、文学作品のテーマとして使われる頻度は「不条理」の方が高い)。
 確かに「不条理」をテーマとする小説というのはありうる。
 だがそれを結論とすることには、むろん抵抗がある。だがそのように1よりも2を重視すべきであると判断することの妥当性はどこにあるか?
 いくつか挙がる。
 まず情報量として1や3に比べて2がとりわけ詳しく書かれていて情報量が多い。それだけ重視すべきであるように思われる。実にシンプルな話だ。大事なことは詳しく語られる。
 また、1は虎になった当初の混乱の中で発せられた感慨だが、その後熟慮の末にたどりついたのが2だ。
 それを、後出しジャンケンのようだ、と言ってしまうと語弊があるが、後から述べられたことの方をより重視すべきだという妥当性はある。つまり、後ろまで語って結局先に述べた1を結論として重視すべきであると考えるには、2や3で語られる理屈に対する疑義が小説中に置かれている必要があるのである。本人がいくら理屈をこねても、そんなものはあてにはならない、と。
 だがその痕跡は見つからない。とりあえずは。
 見つけられないでいるうちは、素直に2や3を重視すべきなのである。

 では3はどうか?
 1を候補から除外した時と同じ、情報量という点からはどうみても2が優勢である。
 この見込みは「山月記」の成立過程からも補強されると言っていい。
 「山月記」の元になっている中国の伝奇小説「人虎伝」は、途中に挿入される漢詩の部分までが、ほとんど翻訳かと思われるほど「山月記」そのままである。
 だが「人虎伝」ではその後に、李徴が虎になった実にわかりやすい「理由」が語られる。「人虎伝」の李徴は人にあるまじき非道な振る舞いをしたから虎になったのである。
 だが「山月記」ではそのエピソードが完全に削除されていて、その部分にそっくりそのまま2の告白が挿入されている。
 したがって中島敦がこれを「山月記」の肝として書き込んだのは間違いなく、とすれば「山月記」を整合的に解釈しようとすればここを重要視せざるを得ないのである。

 では3は、単なる自嘲癖の一つの表れとして看過すべきか?

 だが「関係」という言い方で考えさせたとき、2と3は、あながち別のことを言っているわけではない、という感触を語る者が現われる。そのような指摘に対し、頷く者も多い。
 最初の「問い」に対して2から形成される「答え」と3から形成される「答え」が同じであるなどということは、どう考えれば可能か?

 検討するにあたっては、当然のごとく「わかる」べきことはわかっておくべきである。
 3は、具体的には何のことを指しているか?
 こうした対応関係が把握されていないと3について適切に考えることはできない。まず確認しておく。
 3は、袁傪に、自らの作った詩を伝録してもらうよう依頼したことを指している。妻子の面倒をみるよう依頼したのは3の述懐の直前だから、「妻子」より先に「詩業を気にかけ」ている、と言っているのである。

 このことは2とどのような意味で「同じことを言っている」のか?

 だがまずは、敢えて2と3が別の方向性を持っているように解釈してみよう。というより最初は、むしろ2と3は違った「答え」の有り様を示している、と感じた者の方が多いはずだ。
 そこでまずは3の述懐から、2には適用できないような「答え」を導き出してみよう。3からは「なぜ虎になったのか?」という問いにどのような「答え」を用意できるのか?

 こうした思考を「抽象化」という。比較のためには、本文そのままの言葉でなく、一度抽象度を上げたレベルに言い換えないと、その関係・異同について考えることはできない。上で「不条理」を想起したのも同様の抽象化の思考である。

 3からは、ある種の利己心、身勝手さ、肉親に対する酷薄さを読み取ることが可能である。つまり人間的な情愛の欠如が李徴を虎にしたのだ。非人間的だから人間以外のものになったのだ。それはある種の神様から下される「罰」のようなものかもしれない。
 この言い方は、上記の「人虎伝」で李徴が虎になった理由にも通ずる。「人虎伝」の李徴の行為は「山月記」の李徴の3よりも遙かに極悪非道ではあるが、人間として許されない行為を「虎になる」ことの理由として考える点では同じ論理だ(「畜生道に堕ちる」などという仏教的な言い方にも通ずる)。
 だがそうだとすると、3は「虎になった」ことの理由として充分な重みをもっているとは到底考えられない。それは「人虎伝」と比較するからこそ明らかな感触だ。

 そしてこのような解釈は、2から読み取れる「答え」とも相容れない。2で語られる論理を「人間的な情愛の欠如」などと表現することはできない。2で語られているのは、実に「人間的」な葛藤だという感触がある。

 では3をどのように解釈したとき、2と整合的になるのか?
 間をつなぐ整合的な論理を見出すことも、それを整理して語ることも、簡単にできるわけではない。
 そのためにも、いったん2について考察を進めよう。

2020年7月6日月曜日

山月記 1 二つの問いと三つの答え

 授業で中島敦の「山月記」を読む。
 いったい何をすべきか。

 小説を読むことは娯楽だ。それは好きか好きじゃないか、面白いか面白くないか、感動するかしないか、という個人的享受の問題だ。

 一方で小説芸術作品かも知れない。「文学」だの「文芸」だのという言い方で、小説を芸術作品として享受することもありうる。
 娯楽は既存世界の安定的反復をめざし、芸術は転覆をめざしているのかもしれないが、いずれにせよ、小説を読むということは個人的な営みである。

 だが今、我々が置かれているのは、国語教育が行われようとしている授業という公共の場である。そこでは国語力の伸張が期待されている。そうした目的と、娯楽芸術の享受という個人的な営みはどのように一致するか。

 一方で国語教育は道徳教育でもない。小説は教訓を読み取るための寓話ではない。

 娯楽や芸術の享受は楽しみや感動を期待する行為だが、それは個人的な営みである。教室にいる全員が楽しんだり感動したりすることをめざすことが可能だろうか。それを期待するのは構わない。多くの者が感動できれば結構なことだ。だがそれをどのようにしてめざすのか。
 一方で、教訓を得て道徳観念が涵養されるのは結構なことだ。だが「教訓を与える」ことは、本当に道徳観念の涵養に益するのか。

 国語教育の目的は、国語力の伸張である。「適切な」読解をめざした結果、それが娯楽であれ芸術であれ、楽しんだり感動したりできれば重畳、それは余録である。それを目的にしてはならない。
 道徳観念の涵養に益する教訓が得られるのも同様である。文学はむしろ常識的な「教訓」の破壊を目論んでいるかも知れないのである。文学に触れることが必ず道徳観念の涵養につながることを期待してはいけない。

 まずは「読解」である。その先の感動やら教訓やらといった余録は、僥倖であり恩寵である。

 「山月記」を読解できたと見なすための最低限の条件は何か?
 「わからない」とすれば何が「わからない」のか、「わかった」とすれば何が「わかった」のか?
 それを判定するための試金石は明らかである。次の問いに答えることである。
  • 李徴はなぜ虎になったのか?

 この問いに、今直ちに答えられるだろうか?
 わからないわけではない。だが「わかる」と即答することにもためらわれる。
 おそらく授業前の状態は、この問いに対する答えが明確な形を成しているとは言えず、といって見当もつかないというわけでもないボンヤリとした手応えだけがあるという状態のはずだ。
 ここに明確な形を与えることを目標とする。

 この問いには二つの問いが含まれている。
 そう言うとみんなは直ちに何のことか了解する。さほど遠くない過去、「ミロのヴィーナス」において「腕の無いミロのヴィーナスはなぜ美しいのか?」という問いに二つの問いを見出したことがあるからだ。すなわち「なぜミロのヴィーナスは美しいのか?」「なぜ無い部分が腕でなければならないのか?」という二つの問いである。
 「山月記」における上の問いにも、次の二つの問いが隠れている。

  • なぜ李徴は人間でないものになったのか
  • なぜ李徴がなったものは虎なのか

 最終的な「答え」には、これら二つの要素が含まれていることが条件である。
 これらを説明するためには、それぞれを対比を応用して、考えるべき焦点を明らかにすると良い。
 すなわち「なぜなったか」を考えるには「どうすればならずにいられたか」を考える。
 また「なぜ虎なのか」を考えるには、虎以外の生物(いや、ロボットでも棒でもいい)ではなく虎であることの意味、すなわち、「虎」の属性・象徴性をあきらかにするのである。

 さて、まずは小説中から、この問いの答えになりそうな箇所を3カ所見つける。全ページを斜め読みし、まずは探す。

 「答えになりそう」というのがどのレベルの直截性なのかはまた問題ではあるのだが、とりあえず皆が納得しやすいところとして衆目の一致するのは次の3カ所である。

  1. なぜこんなことになったのだろう。わからぬ。まったく何事も我々にはわからぬ。理由もわからずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由もわからずに生きてゆくのが、我々生き物のさだめだ。
  2. おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だと言う。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これがおれを損ない、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、おれの外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。
  3. 飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業のほうを気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕とすのだ。

板書はシンプルに

  1. わからない
  2. 性情が表に出た
  3. 妻子よりも詩業を気にかけているから

とでも書いておく。
 さしあたってこの3点を検討する。

 はたして、李徴はなぜ虎になったのか?