2020年11月27日金曜日

こころ 33 第2の仮説

 この夜のエピソードを、Kが自殺しようとしていたことを暗示するものと解釈する仮説Aは、その自殺がこの晩と想定されているにせよ、今後いつかと想定されているにせよ、なお看過しがたい疑義を残している。


 ここで、別の角度から考える。

 いったん問2を措いて、問1の「エピソードの意味」を「このエピソードの機能・働き・役割・必要性」と考えてみる。

 エピソードが語られる必要は、大きく言えば主題を形成する必要だが、限定的に言えば、まずは物語の展開に必要だということである。

 そこでこう考えてみる。

 このエピソードの前後で何が変化したか?


 既習事項だ。Kの口にした「覚悟」の意味を「私」が、ほとんど反対方向に解釈しなおしたのである。

 この変化から、このエピソードの「意味」を説明してみよう。


 「私」がKの「覚悟」の意味を考え直した直接的な契機は、翌日Kに問い質した際、Kが「そうではないと強い調子で言い切」ったことだ(これも既習)。

 こうした態度から、Kの「果断に富んだ性格」を思い出した「私」は、上野公園の散歩の際にKが口にした「覚悟」を、当初の「お嬢さんを諦める『覚悟』」とは反対の「お嬢さんに進む『覚悟』」であると思い込んでしまう。

 直接的な契機は確かにこの「強い調子」だが、その前に、そこに至る背景がある。

 前日に上野公園でKが口にした「覚悟」という言葉は、「私」にとっては「お嬢さんを諦める覚悟」のことである。そうKに言わしめた「私」は「勝利」「得意」を感じている。

 だが一方でそこに「彼の調子は独言のようでした。また夢の中の言葉のようでした。」という違和感も感じている。「私」が「Kが室へ引き上げたあとを追い懸けて、彼の机の傍に坐り込み」「取り留めもない世間話をわざと彼に仕向け」るのは、勝利を確信した優越感を味わいたいというだけではなく、そこに混じる微かな違和感から、なおもKの意志を確かめずにはいられない不安が無意識に影を落としているからだと考えられる。

 そこにKの不可解な行動があることで、再び「私」が不安にかられ、なおも問い質すと、Kの強い否定に遭う。さらに高まる疑念が「覚悟」の意味について考え直すよう「私」に促す。

 そうして「覚悟」の解釈を変更して、焦った「私」は、奥さんに談判を切り出す。

 こうした展開の導因としてこのKの謎めいた行動があるのだから、このエピソードは、Kの心理が「私」にとって謎であることによって「私」の疑心暗鬼を誘い、「私」に悲劇的とも言える行動を起こさせる誘因となる、といった、物語を展開させるはたらきがあるのだ、と説明できる。

 これがこのエピソードの「意味」だ。

 こうした「エピソードの意味」に整合的な「Kの意図」は何か?


 敢えて言うならば、Kの言葉通り「大した用でもない」である。特別な意味はないのだ。

 Kには特別な意図はないのに、「私」が考えすぎてしまっているのだという解釈は、心のすれ違いを描いた「こころ」という作品の基本的な構図にふさわしい。

 この解釈は①「Kの声が落ち着いていた」にも整合的だ。

 「落ち着いていたくらいでした」という描写は、反動として「落ち着いている」ことに対する不審を読者に抱かせる。「落ち着いている」はずはない、おかしい、と思わせるのだ。

 だが「特に意味はない」ならばKの声に特別の響きがなくてもいいのだし、②「近頃は熟睡できるのか」も、「意味がない」のならば考える必要がない。

問1の仮説B 物語を展開させるはたらきをする。

問2の仮説b Kの言葉通り、特別な意味はない。


 これでこの問題に結論が出たことになるだろうか?


 ならない。

 上の結論では充分でないと考えられるのはなぜか?


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